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色彩への旅/Ⅳ 心の旅ゆき -色彩からの啓示

1949年に渡ったニューヨークは、フジタにとって「旅の時代」の最終経由地となりました。長期滞在を覚悟していたこの街で、フジタはかつて自身のアイデンティティであった「乳白色の肌」を取り戻すべく濃密な創作活動を行い、マシアス・コモール画廊で開催した個展では上々の成果を収めます。しかしながら、翌年初めにフランス入国の許可を得ると、フジタはただちに君代夫人とともにフランスに渡り、以後、「フランス人」として生きていくことを決意しました。

終の住処となったフランスでは、しばしば国内や周辺国への小旅行に出かけ、各地で集めた骨董品や自身の描いた絵画作品に囲まれた日々を過ごします。

晩年には宗教画の技法も研究し、生涯の旅で広めた見聞だけでなく、心の旅路を糧として、画業の集大成となる作品を手掛けました。

《ラ・フォンテーヌ頌》 1949年 ポーラ美術館 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 B0520

《ラ・フォンテーヌ頌》 1949年 ポーラ美術館 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 B0520

《オランダの少女たち》 1955年 ポーラ美術館 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 B0520

《オランダの少女たち》 1955年 ポーラ美術館 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021 B0520