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色彩への旅/地図で見る「色彩への旅」

Ⅰ パリ <1913-1931>
1913年、フジタは憧れの地パリへ到着します。初めはキュビスムの造形性に感化されますが、しだいにメランコリックな都市の風景やプリミティヴな曲線を特徴とする人物を描くようになります。第一次世界大戦後、「乳白色の肌」を生み出し、時代の寵児となります。

Ⅱ 中南米 <1931-1933>

世界恐慌をきっかけに閉塞感が高まったパリを離れる決意をしたフジタは1931年、中南米へ向かいます。ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、ペルーと1年ほどかけて南米を北上し、キューバ、メキシコと旅を続けます。

現地の人々の陰影に富む容貌や、色彩豊かな民族衣装、風俗などに魅了されたフジタは、西洋とは違う新たなモティーフや色彩表現を獲得しました。

Ⅲ アジア <1933-1949>

中南米の旅を終え、フジタは1933年、日本へ帰国します。

一時帰国の予定が、日本に留まることになったフジタは、日本各地だけでなく、北京や満州など中国大陸にも足を延ばし、色彩や構図にさらに磨きをかけます。戦時色が強まり、軍からの注文を受けるようになると、彼の画面はしだいに褐色を主調とした色彩に覆われるようになります。戦地を取材し記録するため、ハノイ、サイゴン、プノンペン、シンガポールなど東南アジアにも赴きました。

Ⅳ ニューヨーク <1949-1950> / パリ <1950-1968>

第二次大戦後、日本を離れることを決意したフジタは、1949年、ニューヨークへ向かいます。その年に開いた個展で成功を収めますが、フランスの入国許可を得ると、以後「フランス人」として生きていくことを決意しました。

旅と転居を繰り返したフジタは、各地で集めた骨董品や自ら心の赴くままに描いた絵画に囲まれた日々を過ごします。