インタビュー

建築家の中川エリカさん、小道の角を曲がった先に見えるものとは?

11/15 2023

2023年12月3日まで開催中の「シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画―横山大観、杉山寧から現代の作家まで」展は、設けられた小道を辿って歩みながら、日本画の歴史をひもとき、捉え直し、新たな可能性に出合うという、これまでにない仕掛けが楽しめる内容になっています。会場構成を手がけた建築家・中川エリカさんに、本展の見どころを語っていただきました。

“既存”にとらわれない展覧会をつくる

編集部

本展は、近代の日本画をけん引した、明治・大正・昭和前期の画家たちや杉山寧をはじめとする戦後の日本画家、これからの日本の絵画を追究する現代の作家までを紹介する壮大な内容ですが、会場構成のお話があったとき、中川さんは率直にどんなことを感じましたか?

中川

ポーラ美術館の学芸員の方々とお話しするなかで、「これまでの日本画の展覧会に一石を投じるようなものにしたい」という思いが強く伝わってきました。展覧会タイトルにある、日本画の「革新」の歴史をひもとくというテーマ同様、会場の構成も何かチャレンジングなことに取り組みたいという思いも。一方で、作品のリストを拝見して、その点数自体も多いのですが、平面だけではなく屏風などの立体作品があったり、ガラスケースに入れるものがあったり、その種類もさまざまだということがわかって。日本画の多様さをどのように見せ、どう構成していくのかが、展覧会の鍵になるのではと感じました。

編集部

出展作家についてはどのような印象を持たれましたか?

中川

理解を深めるために、学芸員の方から日本画についてのレクチャーをしていただいたんです。どうしてその作家を選んだのかという熱い思いや、物故作家の師弟関係から見えてくる作風の遷移、日本画の顔料の発展による作風の変化などなど、その背景を客観的に教えていただいたことは、会場構成においても大きなヒントになったと思っています。

編集部

これまでの一般的な日本画の展示というと、作品保護のためにガラスケースに収められているイメージが強いですが、本展の会場構成では初期の段階のアイデアはどんなものだったのでしょう。

中川

ポーラ美術館の展示室には部屋の外に出すことができない可働壁がいくつかあるので、それらを使うことも一つのアイデアとして持ちつつ、既存の制約にとらわれない日本画の見せ方に挑戦しようという学芸員の方の思いを汲んで、可動壁は使わずに部屋の内に収納してどのような展示をつくれるのか考えました。そこで、展示室の中央にボイド(意識的につくられた構造物がない開放的な空間)を設けて、いわば美術館の展示室のなかにもう一つ展示室をつくるような形にしたらどうだろう、と。

展示風景より、三瀬夏之介の作品群。写真奥は本展覧会のために制作された新作の屏風《日本の絵―風に吹かれて―》

編集部

展示室を入ると、小路を通るように順路に沿って自然と誘導されていきますね。そしてその狭い道を抜けると、開けた空間が現れるのがすごくインパクトがあります。

中川

初めに学芸員さんから、明治政府のお雇い外国人だったアーネスト・フェノロサによって「日本画」という言葉が生まれることになり、以降、現在に至るまで日本の絵画に対する新しい考え方の大きなヒントになっているというお話をしていただきました。そこで、本展をフェノロサの言葉から始めたいと考えていることが、会場構成においても一貫した一つの軸になりました。そのような日本画の歴史に流れる時間軸を、空間のなかでの体験として表現できたらと考えたんです。日本画に造詣のある人もそうでない人も、必ずこの順序で見るという順路をつくって誘導できるといいなと。近代から現代の作品まで、そしてサイズもさまざまな作品の雰囲気をどのように一つの展覧会として見せるのかを考えたときに、「一筆書き」のような通路を設けるアイデアが浮かびました。既存の壁と平行ではない壁を立て、路地をつくることで「空間の伸び縮み」を体感していただくという、統一したルールをつくったことが建築的な提案としては大きかったと思います。

日本画の革新の歴史を表現する「伸び縮み」

編集部

「空間の伸び縮み」とは、具体的にどういったことなのでしょう。

中川

伸び縮みというのは、狭いところと広いところを設けるという、抑揚やメリハリと言えばいいでしょうか。例えば街で路地を歩いているときに、「狭いな」という感覚を持ったとしても、ずっと先に光がぼんやり見えているとか、その先にまだ続いているなという感じがすると、歩を進めてみたいと思うものですよね。だから、今回の会場構成でも、「次に何が待っているのかな」とワクワクしながら歩いて行った結果、全ての作品を見ていたという状態をつくることができたら、と。3つの展示室すべてにおいて、“箱”がただ続いている空間にはしたくなかった。部屋と部屋を廊下がつないでいるというよりも、歩いていく道の傍らにずっと作品が並んでいて、狭い道もあれば広い道もあり、かつ一本道になっているというつくり方。そうすることで、歴史をそのまま辿って歩くような感覚になってもらえるのではないかと思ったんです。

編集部

会期中に大きな展示替えが3回あることや、美術館に備え付けられた可動壁の存在など、中川さんのお仕事も大変だったのではと想像するのですが、特に苦心されたことはありますか?

中川

既存の壁に依存しない方式というのは早い段階で決まったこともあり、作品の入れ替えであるとか、最後の段階でのチューニングもしやすかったという印象を持っています。でも、やはり、作品のサイズが小さいものでは幅数十センチ、大きなものでは十メートル以上と極めて多様なため、作品と鑑賞者の距離が近くなったり遠くなったりするので、見る人を疲れさせてしまってはだめ。その快適さを実現するのが大変でした。模型上で作品をプリントした用紙を何度も貼ったり剥がしたり、どの作家さんをひとつのまとまりとして見せるといいのか、隣り合わせるといいのか、ということを繰り返し行いました。また、壁面に見立てた巻物のような紙に作品をずらっと一列に貼り付けて、その壁を空間内にどう収めるのかなども試行錯誤しました。

編集部

模型のプランと実際の会場で齟齬(そご)が出てしまった、ということは起きないのでしょうか。

中川

方向性が決まって終盤には何度か現地に足を運び、「墨出し」という実際に線で展示壁に当たりを付ける作業をしました。通路が狭すぎないか、伸び縮み(抑揚)が心地よいものになっているかと確認しながら、学芸員の皆さんと一緒に何周も歩いて。模型で検証していたものを、実物大で会場で調整していく作業を重ねました。その追い込みの時間は凄まじかったです(笑)。学芸員の方々がいろいろな調整を同時進行で行っていることも目の当たりにして、作品のインストール(展示)の際に作家さんが作業している姿も拝見して、執念というか、その迫力たるや。すごいものを見た気がします。

通路の「角」に注目したい本展の見どころ

編集部

中川さんの視点から本展の見どころをぜひ教えていただきたいです。

中川

会場に入るとすぐの場所にある、天井から吊るされた作品を大型の絵画が取り囲む三瀬夏之介さんの空間にまず圧倒されます。そして狭い路地をずっと回って進み、角を曲がると一気に視界が開ける空間に出るのですが、大小のさまざまな作品がぱっと目に飛び込んでくるインパクトがある。個人的には、この角を曲がる瞬間がすごく好き。全体を通して、一つずつ角を曲がるたびに、時代が少し切り替わって、新しい体験に出会ったり異なる印象を持ったりできることを目指していましたが、特にこの角はよく表現できている気がします。

中川さんお気に入りの視点より。松岡映丘《伊香保の沼》、岡田三郎助《あやめの衣》、岸田劉生《狗をひく童女》ほか大小さまざまな作品が並ぶ。

編集部

本展では、現代作家の方々が日本画をどのように捉えているか、それぞれのコメントが展示されているのも面白いです。これは、中川さんの発案によるものだったそうですね。

中川

先ほどお話ししたように、最初に学芸員さんから日本画のレクチャーをしていただいた内容が印象的で、興味も理解もすごく深まりました。それで、鑑賞者の方々にもそういった面白さを感じられるような仕掛けがあるといいのではないか、ということを勝手ながら提案させていただいたんです。どの作家さんの言葉も本当に素敵なのですが、第2会場に永沢碧衣さんの作品があって、その永沢さんのコメントが私は特に印象深かったです。展覧会全体をある意味代表するような締めのメッセージのようにも受け取れ、作品とあわせて大きな感銘を受けました。

編集部

作品とあわせて作家からのメッセージを受け取ることができると、また違った鑑賞体験ができそうです。

中川

箱根というポーラ美術館の場所柄もあり、せっかく足を運ぶなら、一日をかけて楽しみたいと考えるお客さまもきっと多いですよね。展覧会も、例えば最初は作品だけを見て一巡して、次はコメントや解説に注目しながら二巡目……というように、何度も楽しんでいただけたら嬉しいです。

編集部

最後に、設計・建築のお仕事で中川さんが大事にされていることを教えてください。

中川

模型づくりを徹底しています。多くの設計事務所は、図面やスケッチから模型にしていく工程だと思うのですが、うちの事務所では、最初から模型でつくり始めて、模型を図面にすることがひとつの特徴だと思います。最終的につくるものが建築だとしても、今回のように展覧会の会場だとしても、必ず空間という立体なので初めから立体として考えるんです。最初はアイデアが空白の状態なので、絶対に変わらない要素から立体化します。例えば今回の会場構成においては、作品数だとか使う展示室の仕様などです。そこから施主さん(依頼主)の要望をいかに汲み取って叶えていくかという作業を擦り合わせるイメージですね。うちの事務所では、まずは要望を100%絶対に聞くということをいつも言っています。そのうえで、施主さんとコミュニケーションを重ねて、では数十年後の生活を想像してみたらこちらの方がいいかもしれないという提案をしていくんです。建築家って我が強い印象を持っている人もいるかもしれないですが、そんなことないんですよ(笑)。

中川エリカ(なかがわ・えりか)

1983年生まれ。横浜国立大学卒業、東京藝術大学大学院修了。設計事務所「オンデザイン」を経て、2014年、中川エリカ建築設計事務所を設立。2016年「第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」にて国別部門特別表彰。受賞歴に住宅建築賞金賞(2017年)、吉岡賞(2018年)など。2023年より慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)にて専任講師も務める。

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