インタビュー

ポーラ美術館と、光の関係

11/17 2022

ポーラ美術館の収蔵品は、ポーラ創業家二代目の鈴木常司(1930-2000)氏が収集したコレクションを核としています。留学先のアメリカで父の訃報に接し、23歳の若さで社長となった鈴木常司。多忙な日々の傍ら、20代後半から美術品収集を始め、亡くなるまでの40年余で、古今東西の絵画、彫刻、工芸品を幅広く網羅した多彩なコレクションを築き上げました。念願の美術館の開館から20年。コレクター・鈴木常司の静かな熱意に思いを馳せ、美術ジャーナリストの鈴木芳雄さんとポーラ美術館の開館から携わっている学芸員の岩﨑さんに語っていただきました。

寡黙なコレクター・鈴木常司

鈴木

僕は今の時代、美術界のプレイヤーとして、コレクターのプレゼンスが非常に高まっていると思っているんです。コレクターという存在が強い影響力を持ってきているなと。それで個人的にも興味があり歴代のアートコレクターについて調べたりしていたんです。でもポーラ美術館の一大コレクションを築いた鈴木常司さんについて触れた資料はほとんど見当たりませんでした。岩﨑さんは生前の常司さんにお会いしたことがあるんですよね?

岩﨑

コレクター・鈴木常司についての資料は本当に限られています。ポーラ美術館開館10周年の企画展「コレクター鈴木常司―美へのまなざし」の開催に際して、資料調査や生前の彼を知る方々への聞き取り等もかなり行ったのですが、彼の美術品収集の活動や方針について詳しいことは分かっていません。とても寡黙な方で、公の場で自身のコレクションについて言及された機会がほぼ無く、フランスの『ル・フィガロ』誌のインタビュー記事が唯一と言って良いくらいです。当館が開館するまで、鈴木常司のコレクションは、まさに知る人ぞ知る美術コレクションでした。

ポーラ美術館10周年記念「コレクター鈴木常司―美へのまなざし」展(2012年7月14日〜2013年7月7日)

岩﨑

私が常司さんにお会いしたのは、ポーラ美術館の開館準備室に学芸員として採用された直後のことでした。五反田ビルでポーラ全社員を集めた会があり、そこに出席されていた常司さんのところに室長と一緒にうかがってご挨拶をしたんです。ごく短かい会話でしたが、後で室長から「君を紹介したとき、会長が腰を上げられたのには驚いたし、あんな風にニコニコされることは珍しい。新しい美術館に、印象派を専門とする学芸員を迎えたことが、よほど嬉しかったのだろう」と教えていただきました。そしてそれが結局、常司さんと言葉を交わした最初で最後になりました。

鈴木

常司さんは美術館の開館を目にすることなく、2000年に亡くなられますね。僕は帝国ホテルで開催されたポーラ美術館設立の記者発表会に出席しているんです。箱根の国立公園の中に、周囲の景観に溶け込むよう地下に美術館をつくるということで、当時、非常に画期的なニュースだったと記憶しています。

岩﨑

そうでしたか。当館の建物は「箱根の自然と美術の共生」をテーマにしています。戸外で制作を行った印象派の画家たちが見た光、つまり自然光に近い、明るい光の中で作品を見られる美術館を、生前の常司さんは構想していました。ただし国立公園内では8メートル以上の高さの建造物を建てることができないため、地下の階層まで外光を取り入れられるよう、当時、日建設計にいらした建築家の安田幸一さんがガラスを多用した建築を設計されました。また展示室の照明のシステムも、当時はまだ珍しかった、3500ケルビンという白っぽい色の光を放つ光ファイバー照明を採用しています。

鈴木

僕は女性誌の編集者時代、化粧品の取材で、何度かポーラの五反田ビルにうかがったことがあるんですが、あちらも山手線沿いの緑がきれいで開放的な空間ですよね。五反田ビルは安田幸一さんの大先輩の林昌二さんの設計です。美術館ができる以前、常司さんのコレクションはポーラ社内にも飾られていたんですか?

岩﨑

はい。五反田ビルのロビーは、当初から周囲の景観を取り入れながら彫刻作品を鑑賞できる空間として設計されていました。私が最初に採用面接で五反田ビルに行ったとき、役員フロアのエレベーターが開いた正面に杉山寧の《洸(こう)》という作品が掛けられており、応接室や廊下にはルノワールやセザンヌなどの絵画があちこちに飾られていて、まるで美術館のようでした。

ただ、鈴木常司のコレクションの全容は誰も知りませんでした。多くのコレクターの場合、アドバイザーがいるものですが、読書家だった常司さんは独学で美術史を勉強し、自らの審美眼で作品を選び購入していたんです。ですから美術館の開館準備で、作品を保管していた倉庫に行って本当にびっくりしました。保管箱を開くたびに、次々とルノワールやモネといった巨匠の作品が現れましたから。

杉山寧 《洸(こう)》1992年

美をめぐる光のコントロール

鈴木

作品の鑑賞空間における採光や照明への意識もそうですし、僕は開館以降、ポーラ美術館の数々の展示を拝見してきた中で、光をテーマにした展覧会が多い印象を抱いています。常司さんご自身も、光というものに対して何か強い思い入れがあったのではないかと思っているのですが、いかがでしょうか。

ポーラ美術館開館記念「光のなかの女たち」展(2002年9月6日〜2003年6月3日)

岩﨑

残念ながら、鈴木常司本人が光について特別な思いを抱いていたことを裏付けるような資料は見つかっていません。ただ常司さんが強い自負を持っていた印象派のコレクションを通じて、光というキーワードを読み解くことは可能かと思います。ご指摘の通り、ポーラ美術館のコレクションの名品を揃えた開館20周年記念の展覧会でも、主要テーマとして「光」を挙げました。

鈴木

印象派の活躍した時代と言えば、写真の登場が絵画表現に与えた影響というものも非常に大きいと思うんです。英語の”Photograph”は、まさに「光(Photo-)で描かれた画(graph)」であって、画家たちの光のとらえ方を大きく変えました。常司さんは、写真やカメラには興味があったんでしょうか。

岩﨑

ポーラの創業者である父親の鈴木忍がカメラ好きだったということもあり、若い頃にライカを買ってもらったという話が残っています。戦後のパリで芸術家たちの姿を撮影した写真家・阿部徹雄さんとも懇意にされていたようなので、写真は比較的好きだったのではないかと思います。けれど、本人が撮影した写真などは確認できていないんです。

鈴木

そうですか。本当に謎多きコレクターなんですね。ご本業が、女性の美しさを追究するお仕事ですから、対象の魅力を引き立たせる光というものに対して敏感でいらっしゃったのではないかと想像しているんです。メイクにおいてもシャドウとハイライトをどう入れるかで印象は変わりますし、写真写りを良くするには当然、光のコントロールが必要になります。

岩﨑

確かに化粧においては、光のコントロールは重要ですね。例えばポーラの商品には、赤と青の粉体の光の乱反射を利用して、肌色をより明るく見せるパウダーがありました。興味深いのは、赤と青で肌を美しく見せるということが、ルノワールの絵画でも行われていたということなんです。《髪かざり》という作品で、ルノワールは赤と青の絵具を油で薄く溶いて重ねることで少女の肌の透明感を生み出していました。もちろん肌の上のパウダーが生む光とカンヴァス上の絵具を同じ俎上に並べて科学的に論証するのは困難ですが。これまでにも本社の商品開発の方から相談を受けて、化粧品のバックストーリーとして、名画の美の秘密を探るということを何度か試みる中で、こうした不思議な符牒を見出すことがありました。

ピエール・オーギュスト・ルノワール《髪かざり》1888年

鈴木

我々が目にしている色彩が、光の反射によって生じているとすれば、それはどこかで繋がっているのでしょうね。画家たちが絵画上に施した視覚的なマジックが、そうした化粧品開発と連携して解明されていったら、すごく面白いですね。

コレクションの拡充がもたらす新たな視点

岩﨑

鈴木常司のコレクションの傾向としてひとつ言えることは、色彩が豊かで鮮やかな作品を好まれたということでしょうか。常司さんの美術品の収集は、特定のジャンルに偏ることなく体系的でしたが、明るい色彩の印象派の作品が充実しています。また東洋陶磁のコレクションにも端的に表れているのですが、当時多くの日本人コレクターが侘び寂びの風趣を愛していた中で、常司さんは早い段階から清朝の華やかな五彩の器などを積極的に収集していました。日本画のコレクションでも、色彩が鮮やかな杉山寧の作品が圧倒的に多いです。

鈴木

コレクター・鈴木常司のまなざしの中に、光というテーマを僕が読み解こうとしてしまうのは、一つには、開館20周年記念展に展示されていた杉本博司の作品の印象も大きいかも知れません。プリズムの光を扱った「Opticks」シリーズをポーラ美術館が新たに収蔵されたということは、やはりポーラのコレクションにおいて、光は重要なテーマなのではないかと思ったんです。

展示室に杉本博司の作品があることで、美術表現における光というテーマに非常に説得力が生まれたと言いますか、展示が一段と立体的になっていたと思うんです。新たに収蔵する作品の選定方針はどのようなものなんですか。

杉本博司「Opticks」シリーズ 2018年©︎Ken Kato

岩﨑

いろいろなケースがありますが、一つには既存のコレクションの拡充です。今あるコレクションに、より厚みを持たせること。そしてもう一つは、近代と現代とを繋ぐことです。その作品を迎えることで、既存の収蔵品に別の視点を与え、その作品自体も新しい解釈を獲得する。双方が刺激し合うような関係を生む作品を選んでいます。漠然とした基準ではありますが、この20年間、美術館としての「ポーラらしさ」を考えた結果、コレクションの特色に「自然」や「光」といったキーワードが自ずと出てきているように思います。

「モネ-光のなかに」展(2021年4月17日~2022年3月30日)© Gotthingham

鈴木

開館20周年記念展では、新収蔵のゲルハルト・リヒターの作品をモネの作品と並べて展示されていました。あの2点は、一般的には抽象画と具象画ということになりますけれど、2点が並ぶことで、その境界が溶けていくような感覚に襲われました。リヒターの絵画の中に木立や水面のような景色が見えてきて、逆にモネの作品の細部を注視していると抽象画のように見えてきました。

僕は、「これは◯世紀の◯◯主義の絵画」「◯◯という手法で描かれたもの」といった美術史上の定義や分類が、時に個々の作品の鑑賞の枷になってしまうことがあると感じているんです。けれど今回ポーラ美術館がリヒターとモネを並べられたことで、自由な作品の見方が提示されたと思います。美術館の一ファンとして、コレクションが今後どのように拡張され、また新たな視点を提供してくれるかをとても楽しみにしています。

ポーラ美術館開館20周年記念展「モネからリヒターへ ― 新収蔵作品を中心に」(2022年4月9日〜9月6日)©Ken KATO

岩﨑

ありがとうございます。私見ではありますが、常司さんは表現の改革者である作家に惹かれていたのではないかと思っています。当館のコレクションに数多く収蔵されているモネも、ピカソも、フジタも、杉山寧も、従来の美術の表現を変えた画家たちです。今後もさまざまな展示や企画を通じて、既成概念にとらわれず新しい視点を獲得するきっかけを、美術館として提供できたら嬉しいです。

鈴木芳雄(すずき・よしお)

編集者、美術ジャーナリスト。ポパイ、アンアン、リラックス編集部などを経て、ブルータス副編集長を約10年間務めた。担当した特集に「奈良美智、村上隆は世界言語だ!」「杉本博司を知っていますか?」「若冲を見たか?」「国宝って何?」「緊急特集 井上雄彦」など。現在は雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がけている。美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。共編著に『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

岩﨑余帆子(いわさき・よおこ)

ポーラ美術館 学芸課長。東京藝術大学大学院修了。専門は19世紀のフランス美術。おもな担当展覧会に「コレクター鈴木常司―美へのまなざし」(2012年)、「Modern Beauty」(2016年)、「印象派、記憶への旅」(2019年)、「モネからリヒターへ―新収蔵作品を中心に」(2022年)。おもな著書・論文に『モネと画家たちの旅』(共著、西村書店、2010年)、「帽子の女性―マネ、ドガ、ルノワール」(『西洋近代の都市と芸術2 パリⅠ―19世紀の首都』[竹林舎、2014年]所収)。