インタビュー

中山英之さんに聞く、モネを愉しむ7つのこと。

12/16 2021

印象派を代表する画家クロード・モネ(1840-1926)の作品11点が並ぶのは、2021年4月にスタートし、現在も開催中の「モネ-光のなかに」展。
展示空間は、地下の展示室ながらも、まるで大空の下で作品に向き合っているかのような、自然光に近いやわらかな光で満たされています。
美しく素朴なモネの作品を魅せるため、建築家の中山英之さんがしつらえたのは、「たったひとつの大きな光」です。
1年限りの特別な展示空間をつくるにあたり、「光」に徹底的に向き合い、一つの答えを出した中山さんが大切にしたこととは。

 

Text: Mirai Matsuzaki

Photo: Akira Kitaoka

中山英之(なかやま・ひでゆき)

1972年福岡県生まれ。東京藝術大学建築学科卒業。同大学大学院修士課程修了。伊東豊雄建築設計事務所を経て、2007年に中山英之建築設計事務所を設立。主な作品に《2004》《O邸》《家と道》《石の島の石》《弦と狐》《mitosaya 薬草園蒸留所》など。主著に『中山英之 | 1/1000000000』などがある。受賞歴にSD Review2004 鹿島賞、第23回吉岡賞、Red Dot Design Awardほか。2014年より東京藝術大学准教授も務めている。

1. たったひとつの大きな光のなかで、モネと出会う。

「モネ-光のなかに」展示風景

Photo by Gottingham

編集部

今回の展示の「たったひとつの大きな光」というコンセプトはどのようにして生まれたのでしょうか。

中山

「たったひとつの大きな光」は、モネの作品11点の展示と聞いて、瞬間的に思い浮かびました。ただ、これは僕の発案というわけではありません。

 

モネは、チューブ入り絵具という新発明と交通機関の発達により、カンヴァスを戸外に持ち出し、様々な場所へ自由におもむき制作を行った、初期の画家の一人です。そうして彼は、目の前に広がる風景を、物の輪郭ではなく、光のふるまいとしてとらえキャンバスの上に留め置くという新たな表現を見出しました。

 

その作品を見るのにふさわしい環境が、自然光の下であるというのは自明であり、モネ作品を自然光で見せるというのは、世界中のキュレーターと建築家が一度は夢みることなのではないでしょうか。実際、オランジュリー美術館(*1)などは、モネ作品のための専用の展示室を設けて、それを実現していますね。

 

ですから、今回の展示のお話をうかがったとき、なかば反射的に、スポットライトで作品を照らす展示は避けなければ、と。建築家であれば十中八九、同じことを考えるのではないかと思います。問題は、ポーラ美術館の展示室が、地下にあるということでした。

2. 数限りない試行から導き出された展示室の曲線。

 

編集部

どのような仕組みで、スポットライトを使わずに地下の展示室に光を取り入れているのですか。

中山

照明は全て、作品が掛かっている壁の上部に仕込み、天井を照らしています。フォトスタジオのホリゾントの仕組み(*2)を天井に応用して、空間全体に光を回しているんです。こうした間接光照明によって、影の落ちない空間をつくることができます。

天井部にR型のテント膜を張り込み、展示壁の上部に照明を設置

中山

影が落ちないというのはすごく特殊で、日常の中でそういう状態が生まれるのは曇った日の戸外だけです。曇り空の日は、空全体が面発光しているので、明るく、影が落ちず、ものがやわらかく見えます。また影を消すと、どこかこの世のものではないような、ある種の抽象度を醸すことができるんです。

 

展示室のこの光は、照明デザイナーの岡安泉さん(*3)と、丸八テントさん(*4)とのチームでつくり上げました。過去にもこのチームで、間接光を利用したレストランの内装を手掛けたりしているのですが、今回の展示では、絵画の額のガラス面への映り込みという大きな問題が浮上しました。

 

もちろん、我々もある程度の予測はしていたのですが、最初のモックアップでガラスに周囲が写り込んだ時は、青ざめましたね。そこから実験を重ね、均質な光を生み出すための壁面の高さや、鑑賞に適した作品の間隔、反射を打ち消す対面の壁との距離などを何十通りもシミュレーションして、何度も図面を引き直し、今回の展示室の壁の曲線を導き出していきました。

モックアップを使った検証の様子。テント膜の高さ・対面する壁との距離・照明設定の3条件を変えながら、光の広がりや額のガラス面への反射の確認を重ねた

3. さまざまな条件をクリアした建築が持つ強度。

 

編集部

美術館の学芸員の方とは、どのように展示の構成を決めていったのでしょうか。

中山

展示案のマケット(模型)が、美術館の学芸員の方との対話のツールになりました。我々が新しい壁面のパターンをマケットによって提示すると、それに対して学芸員の鈴木幸太さんもまた新たな作品の見せ方を提案してくださり、カウンセリングをするように、展示構成を固めていきました。

壁面のパターンは20通りほど制作。鑑賞者同士が干渉し合わず、作品に集中して鑑賞できる見せ方を追求した

中山

建築の世界ではパラメトリックデザイン(*5)と呼んでいますが、様々なファクターがある中で、固定すべき部分と変化させられる部分とを分け、後者の変数をいじるとどうなるかを話し合いながら設計を進めていきます。今回の場合で言えば、額のガラス面の反射を回避するという命題があることで、数限りない選択肢の中に決定根拠を持つことができるようになります。

 

そうして一つひとつの条件をクリアしていった建築は、説得力を持ってくる。ですから我々の仕事は、できる限りネガティブな要素を吸い上げて、より多くの問題を解決するシンプルな形に落とし込んでいくことが重要になるんですね。難題ほど、それは建築の強度となり得るんです。

最終の模型

4. 積み藁の画家の作品をトタン板に掛ける。

 

編集部

展示の壁面の裏側が、書棚のように見えました。あのデザインにはどのような意図があるのでしょうか。

展示壁の裏側は、ちょうど空っぽの本棚のようにも見える

Photo by Gottingham

中山

この壁の幅は、作品を掛ける上での安定性と、上部に照明を仕込むために必要な幅でした。これだけの天井の施工がありますから、できる限り速やかに壁面を組み立てられるよう、搬送から設営まで一番効率が良く、材料採りも都合の良い最も合理的な形を、施工の東京スタデオさんに出してもらったんです。だから、この壁については、私たちはほとんどデザインをしていないんですね。この構造が、何に一番近いかと言うと、一定の規格で組み立てる納屋とか倉庫の在り方です。

 

それから、こうした湾曲した壁に経師貼りをして継ぎ目のない壁をつくろうとすると、これも非常に時間を要します。でもトタン板なら、この波型を継ぎ合わせて目地のない壁面をつくることができます。今回の展示室で使用しているトタン板は、一般に流通している既製品で、塗装も何もしていません。たぶん、歴史上モネ作品を掛けた壁面の中で、一番安上がりな壁でしょうね。

 

ご来場の方からは、モネの絵画をトタン板に掛けるとはけしからん、とお怒りの声もありました。その憤りは、ごもっともだと思います。でも、モネが描いたのはなんだったでしょうか。睡蓮であり、積み藁なんですよね。啓蒙的な宗教画でも、権力者の肖像画でもなく、名もない池やひなびた農村の、本当になんでもない風景に、画家は目を向けていたんです。そうした彼の作品を、トタン板に展示して見せることは、あながち的外れではないのではないか、と私は思うんです。

5. 脳より先に身体が反応する居心地の良さ。

 

編集部

床に絨毯を敷いているのは、どのような効果を狙ってますか。

中山

地下3階に降りてきたことを一瞬忘れて、屋外に出たような気分になってもらう。そのために、ここでは来場者の脳を騙したいわけです。本人がそうと意識しないまま、戸外に近い環境に身体が反応するためには、まず足音を消す必要がありました。壁や天井の反響は、ここが室内であることを瞬時に認識させてしまいます。そこで吸音性の高い絨毯を床に敷きました。

 

来場者の方からは「落ち着く」「ずっとここにいたくなった」といった感想が多く寄せられています。光の質や音環境によって、身体が、広い空の下にいるのと同じような状態になっているので、空気が澄み渡っているように感じるんですよね。

 

そして絨毯の効果は実はもう一つあります。例えば、テーブルの上にコップを置いたとします。すると、コップとテーブルの隙間には影ができますよね。影ができると、この両者の境界を人は自然と認識してしまう。でも、この絨毯の毛足の中にトタン板の下端を挿し込むことで、仮設の壁が与える脆弱な印象を拭い去ることができるんです。深く差し込めるトタン板と絨毯の組み合わせを見つけるのに、数多くのサンプルを取り寄せて検証しました。

展示壁の足もとは、トタン板の下端をカーペットに10mm差し込んで施工している

6. どこでもない場所にいる感覚を生み出す。

 

編集部

中山さんは、建築の仕事をする中で、普段どんなことを意識していますか。

中山

自分が今いる場所の認識がずれる、どこでもない場所にいる感覚を生み出す。そういうことに私は意識が向いているのだと思います。建物の中にもう一つ建物をつくったら、それまで建物と思っていたものはどこに行ってしまうのか、といったようなことです。

 

例えば、TOTOギャラリー・間での展示(*6)の際は、ギャラリーの中に映画館をつくりました。そこに映画館をつくると、ギャラリーの展示空間は映画館のロビーに変わります。そうなると展示台の上の物の見方も変わる。つまり、その場所の認識によって、頭の中の対象の置きどころがスライドするんです。

 

ふだんの建築の仕事と、今回のような美術館での仕事とを、私の中ではあまり切り分けていないのですが、美術館に行くということは、少なからず、自分の頭の中の世界の置きどころを揺さぶられに行く行為だと思っています。街中で目にする安っぽいトタン板も、環境や見方によって別の様相を帯びてくる。

 

それをどう感じるかを、観る人に委ねる。物事が両義性を持って、どちらでもない境界線上にある、対象の頭の中の置きどころが定まらない状態が、私には心地よいんです。

HPMカーペット波板サンプル

色味や質感を合わせるため、トタン板と絨毯のサンプルを国内外から取り寄せて検証した

7. モネが見つめたセーヌ河の夕照。

真ん中が《セーヌ河の日没、冬》(1880年)

Photo by Gotthingham

編集部

今回展示されている11点のモネの作品の中で、中山さんが一番好きな作品はどれですか。

中山

この11点の中から一つなんて、選べないですけれど、思い出深い作品ということで挙げるなら《セーヌ河の日没、冬》でしょうか。

 

今回の展示室で使用している遠藤照明さん(*7)の照明器具は、実は調光・調色ができるようになっていまして。現在の展示室の光は、作品保護の観点から設定された照度と、ジヴェルニーの午前9時頃(4,800K)の空に近い色温度に設定されています。空全体がうっすら白んだ時間帯の光です。展示作品の中では《睡蓮》の作品の時間帯などが近いかもしれません。

 

この照明のテスト時に、一度、日没1時間くらい前の赤みがかった空の色温度に設定してみたんです。その瞬間、《セーヌ河の日没、冬》が、ぶわっと光り輝いて。比喩ではなく、カンヴァスの上のピンク色の絵具が、夕映の光に変わったんです。

 

モネは光の状態を絵画で再現した、光を光のままカンヴァスの上に載せていった画家だったのだということが、自分の目の前で実証されて。モネの作品は、知れば知るほどに、そのはかり知れない魅力が、底なしに沸き上がってくる。世界中の人を虜にする理由を、改めて実感しましたね。

 

そんな偉大な芸術家の作品の会場構成に携わることができて、大変光栄でしたし、素晴らしいチームの方々と、作品の魅力を引き出す良い仕事ができたと思っています。

*1 オランジュリー美術館・・・フランス・パリの美術館。もとはチュイルリー公園内にナポレオン3世によって、オレンジ栽培の温室1852年に建てられた建物を利用し、クロード・モネの連作「睡蓮」を展示するために特別展示室を設け、1927年にオープン。モネをはじめ、ポール・セザンヌ、アンリ・マティス、ピエール・オーギュスト・ルノワールなど印象派のコレクションを主とする。

 

*2 ホリゾント・・・舞台や撮影スタジオで、背景の幕や壁を湾曲させたり、傾斜を付けたもの。床と壁が緩やかにつながるため、影ができにくく広い空間を演出することが可能になる。

 

*3 岡安泉・・・1972年神奈川県生まれの照明デザイナー。岡安泉照明設計事務所代表。建築空間・商業空間の照明計画、照明器具のデザイン、インスタレーションなど、光にまつわるデザインを手がける。これまで、建築家の青木淳や伊東豊雄、隈研吾、山本理顕らの作品の照明計画をを担当。

 

*4 丸八テント・・・1951年創業の株式会社丸八テント商会。テントの販売、企画、デザイン、施工を家庭用から業務用まで幅広く行っている。

 

*5 パラメトリックデザイン・・・3次元のモデリングの際に、変数を用いてその数値の変動(パラメータ)を操作することでできるデザインの手法。数値を変動させることで、膨大なデザインのバリエーションを生み出すことが可能になる。

 

*6 TOTOギャラリー・間での展示・・・2019年5月23日〜8月4日、TOTOギャラリー・間(東京・乃木坂)で開かれた「中山英之展 , and then」。ギャラリー全体をミニシアターと見立て、展覧会のために5名の監督が撮りおろした5作品の映画を上映。建築模型や図面だけでは伝えきれない、中山英之の感覚や思考を表現するための様々な工夫が凝らされた展示。

 

*7 遠藤照明・・・株式会社遠藤照明。1967年創業。独自の光学設計により、LEDの可能性を追求し、照明器具のデザインから製造・販売、様々な空間の照明提案まで、光にかかわるサービスを提供している。