連 載

歩いて見つける、森の植物図鑑<夏編>

08/18 2022

富士箱根伊豆国立公園の中に位置し、ありのままの広大な自然に囲まれているポーラ美術館。館外に敷設された、全長およそ1kmからなる森の遊歩道では、点在する彫刻作品はもちろんのこと、四季折々に自生する多様な植物を歩きながら観察することができます。「歩いて見つける、森の植物図鑑」は、季節によって異なる森の楽しみ方を紹介していく連載企画です。

 

2回目に歩くのは、青々しい葉をつけた元気いっぱいの植物たちが生い茂る夏の森。「全身で緑を浴びるのもいいですが、細部まで目を凝らすと、葉の影に小さな花が咲いていたり、葉の形が1枚1枚微妙に異なっていたりする様子を見ることができます。ぜひ、植物たちの生き生きとした姿を探してみてください」。そう話すのは、神奈川県立生命の星・地球博物館学芸部長の田中徳久さん。この季節ならではの箱根の自然を堪能すべく、田中さんと共に遊歩道を散策しました。

田中徳久(たなか・のりひさ)

神奈川県立 生命の星・地球博物館 学芸部長。開館以来、学芸員として県内の山野を巡り、植物を調査、解析してきた。神奈川県の地域植物相の特徴に関する研究で博士号を持つ。趣味は自然写真の撮影。

涼やかな森の入り口で、楽しい出会い

ポーラ美術館をぐるりと取り囲むようにして存在する、豊かな自然の「森の遊歩道」。ブナやヒメシャラなどの落葉広葉樹によって構成され、中央には小川も流れています。夏といえども、森にひとたび足を踏み入れれば、そこは天然のクーラー。26度前後のひんやりとした空気に包まれ、猛暑の日々をしばし忘れさせてくれます。

 

訪れたのは、厳しい暑さの続く2022年7月22日。この日の箱根は、雨が降ったり止んだり、やや不安定な空模様。梅雨に逆戻りしたような、雨に濡れた森を歩きました。まず足を止めたのは、遊歩道の入り口付近。さっそく夏らしい青々しい植物を見つけました。

ウバユリは背が高いので簡単に見つけられる。

スッと真っ直ぐに立ち、大きな花をつけたこちらは、ウバユリ。大人の背丈の半分、1mほどの高さがありました。

「夏の林に生えます。よく目にするヤマユリなどと違って、花は大きく開かないのが特徴です。漢字で書くと『姥百合』なのですが、花が咲くと葉(歯)が落ちるため、姥と呼ばれるように。学名と違って、和名には厳密なルールがないので面白いですよ」

ラッパのような形の花が咲くヘクソカズラ。

お隣にもユニークなネーミングの植物を発見。その名も「ヘクソカズラ」(屁糞葛)。アカネ科のつる植物で、控えめでかわいらしい紫色の花をつけます。ただし、油断は禁物。葉っぱをむしると、なんだかいや〜なにおいが。これこそが名前の由来だとか。森をマントのように覆って自生するため、森の中ではなく、明るい入り口付近で見られるそう。

 

「植物学者の牧野富太郎博士が、ヘクソカズラはあまりにも可哀想だから……と、別名のヤイトバナ(灸花)を広げようとしたのですが、やっぱりヘクソカズラになっちゃった、との話も聞いたことがありますが、嘘か本当か。実際のところは広まったもん勝ちです」

近くにはキク科の仲間・オオヒヨドリバナも。秋の七草に数えられるフジバカマに近い。翅の模様が鮮やかな大型のチョウ、アサギマダラが蜜を吸いに来ます。

生命力でいっぱいの、夏の森で見つけた植物

枕木が敷かれ、歩きやすい。

さて、森の中へと足を進めましょう。鳥のさえずりや雨が葉を打つ音が聞こえてきます。この森だけでも400種類を超える植物が生息しているそうです。足元を注意深く見ながら歩いていると、地面に低く自生するヤマジオウを見つけました。

ヤマジオウの葉は少し毛羽立っている。

「シソ科の植物で、薄いピンク色の可憐な花を咲かせます。シソ科に共通するのは、茎が四角いことですが、ヤマジオウでは茎が短く、分かりにくいかもしれません。ヤマジオウは神奈川県以西から四国の本州、九州にかけて分布し、神奈川県で見られるのは箱根だけ。この花を見つけるとうれしくなります」と田中さん。

枯葉と同化しているオトメアオイの花。よく目を凝らさないと見えない(写真中央)。

続いて見つけたオトメアオイも、葉の模様は派手ですが、花は土に埋まるようにひっそりと咲いていました。種子にはアリが好むエライソームと呼ばれる部分があり、アリが種子を運びます。「蟻が種を運び出しやすいように、花も地面近くに咲くのではないか」と田中さん。

 

そのほかにも、切り花としても人気のムラサキシキブや、ふわふわと風に揺れる姿が愛らしいマツカゼソウ、ちりめんのような小さな葉が特徴のセントソウなど、花の時期ではありませんでしたが、たくさんの植物に出会いました。

ムラサキシキブ。紫の花が咲き、赤く美しい実がつく。

そよそよ揺れるマツカゼソウ。においがあるためか、シカが食べない。

小さく分かれた葉が特徴のセントウソウ。

木々たちがつくる、緑のカーテンでひと休み

少し視線を上げると、木々たちもたっぷりと葉をつけて、夏の日差しを享受しています。今度は夏の木について見ていきましょう。

ロニ・ホーンによるガラス彫刻作品《鳥葬(箱根)》の側で、虫や鳥の声に耳を澄ましてみる。

和菓子などと一緒に供される高価な楊枝などに使われるクロモジの木。

「これはクロモジという木。花は春の早い時期に咲くので、もう散ってしまっていますね。和菓子を食べるときに、荒削りの楊枝(ようじ)を見たことがありませんか? この木からつくられています。ちょっと枝のにおいを嗅いでみてください」と田中さん。「スーッとするにおいがしますよね。香りがいいから、和菓子などの楊枝として使われるようになったんですよ」

モミジの木。夏はまだこんなにフレッシュな緑色。

紅葉時期の到来が楽しみになる、モミジの仲間の木もいくつか見られました。これからどんな色に変化するのでしょうか。

冬に観察した植物、夏の姿を見に行ってみよう

「冬に観察した樹木がどうなっているか、見に行ってみましょうか」と、森の遊歩道を出て、再び美術館沿いを歩きます。

美術館のエントランス付近に生えるニワトコの木。冬は枝だけになっていましたが、その際小さな「冬芽」も見られました。今やこんなに葉っぱが生茂り、冬の姿からは想像もつかないほど。キクラゲがしましば発生します。

 

それから、美術館へと続くスロープ脇にいた、ヤドリギを見に行きます。常緑植物で、冬でも緑色の葉が見られましたが、夏はどうなっているのでしょうか。

他の樹木に寄生するヤドリギ。

冬でも緑色をしたツルシキミ。

同じく常緑植物のツルシキミ。こちらも冬とあまり変化はありませんが、明るい緑色の実をつけていました。秋になると、赤くなるそうです。

だいたい40分ほどかけて、今回の散策は終了。森を出る頃には雨が上がり、青空が。日差しを直に受けて、先ほどまで忘れていた夏の暑さを思い出します。

「夏こそ森を歩いてほしいです。木々が日差しを遮ってくれますし、風が吹けば森の香りも楽しめます。雨が降ることも多いので、雨具は持って行ったほうがいいでしょう。それから帽子も必須。虫除けや日焼け対策に長袖の着用を推奨します。今日の僕は半袖で来てしまったけど(笑)」

夏の森は生命力がありカラフル。ぜひ注意深く観察してみてください。いつもは見えない景色が見えるかもしれません。