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歩いて見つける、森の植物図鑑<冬編>

04/06 2022

富士箱根伊豆国立公園の中に位置し、ありのままの広大な自然に囲まれているポーラ美術館。館外に敷設された、全長およそ1kmからなる森の遊歩道では、点在する彫刻作品はもちろんのこと、四季折々に自生する多様な樹木や植物を歩きながら観察することができます。「歩いて見つける、森の植物図鑑」は、春・夏・秋・冬、それぞれの森の楽しみ方を紹介していく連載企画です。1回目となる今回は、冬真っ只中、小雪が舞う2月某日の森を、神奈川県立生命の星・地球博物館学芸部長の田中徳久さんとともに歩きました。

田中徳久(たなか・のりひさ)

神奈川県立 生命の星・地球博物館 学芸部長。開館以来、学芸員として県内の山野を巡り、植物を調査、解析してきた。神奈川県の地域植物相の特徴に関する研究で博士号を持つ。趣味は自然写真の撮影。

見通しの良い冬の森で、抽象画のように美しい樹皮を

標高760〜770メートルの地点に位置するポーラ美術館を取り囲んでいるのは、ヒメシャラやブナを中心とした、落葉広葉樹によって構成される豊かな森。谷のような傾斜のある地形で、隣接する川から上がってくる冷気と豊富な伏流水により、周囲より寒冷で湿潤な気候になっています。

 

一般的に森といえば、新芽が顔を出す春、緑が清々しい夏、そして葉が赤や黄に色付く秋が見頃だと思われますが、冬には冬なりの楽しみ方があると田中さんは話します。

「もちろん、葉や花があるわけではありませんが、冬は葉が落ちることで、森全体の見通しが良くなる季節。他の時期にはあまり目につかないような、一つひとつ異なる個性豊かな樹皮や、枝の張り方の違いによる木の造形、樹形などを観察することができると思います」

 

例えば樹皮に目を向けると、一際目立つのが、淡い赤褐色の樹皮を持つヒメシャラ。ところどころはがれ、老木になるとその表面はほとんどすべすべになります。他にも、灰白色が冬らしい景色をつくるブナ。まだら模様が美しいリョウブ、縦に筋が入っているイヌシデ……など、さまざまな木が林立する森の遊歩道。

「樹種によって、模様や手触りが全く異なります。縦方向に模様が入るものもあれば、横に入る種類があったり、のっぺりとしているものもあったり。これはなんの木かな? と、樹皮から木の種類を見出していくのも楽しみ方の一つです」

ヒメシャラの木肌。6〜7月頃には、椿に似た白い花びらを持つ美しい花を咲かせる。

ブナの木肌。敷地内には、樹齢200年近いブナの木も点在している。

リョウブの木。ニホンジカが皮を剥ぐこともあるという。

さらに、同じ樹種であっても、樹齢や、生育環境、日の当たり方、外的な要因などにより、木によって一つひとつ状態が細かく異なるのも面白いところ。「樹齢によってずいぶん印象が変わる樹種もありますし、幹の向きによって苔がびっしり生えているものとそうでないものがあったり、一見皮が剥けているだけかと思って近づくと、古い墓石などによくついている、地衣類という、菌類と藻類が共生しているものがついているものもあったりする。近寄って、触って、一つひとつじっくりみるといろんな違いが分かります」

さまざまな地衣類が付着したブナの木の表面。油絵のような独特の存在感がある。

KEIKO+MANABUによる彫刻作品《Hummin’ Bloom》の傍には、片側にだけびっしりと苔がついた木も。環境によって、樹皮の状態も大きく異なる。

ふたつとして同じものがないのが樹皮の魅力。まるで抽象絵画のように、何に見えるか、思い思いの想像を掻き立ててくれます。

寒さから身を守り、春を待つ。冬芽にも注目を

そして、植物の冬ならではの特徴的な部分が「冬芽」。葉を落とした樹木に秋頃に形成され、越冬して、春に伸びて葉や花になる芽のことを指します。

「冬芽の特徴は、寒さから身を守るために外側が殻のように硬くなっていること。ものによっては、毛がたくさん生えていて、それで寒さを防いでいるものもありますね。植物によって、芽の数が1つだったり、2つだったり、独特な色をしていたりと、ここにもそれぞれの個性が表れます」

ニワトコの冬芽。

極めて細かく、特徴も細部に宿る冬芽は、田中さんのような専門家でさえも厳密に見分けるのが難しいこともあるのだそう。「今は、冬芽図鑑のような一般の方向けのハンドブックもたくさん出版されているので、そういうものと照らし合わせながら、ルーペを片手に観察して歩いてみるのもオススメです」とのこと。硬い皮を破り、芽生えた時の様子を想像してみるのも一興です。また、季節を変えて訪れ、別の季節の樹木を観察して、答え合わせをするのもいいかもしれません。

「私も偉そうなことを言っても、冬芽は得意でなく、これから春、夏を森を訪れるのが楽しみです」

ヤマボウシの冬芽。

冬だからこそ映える、「色」のある植物を探してみよう。

遊歩道は、オーストラリアの鉄道の枕木に使われていたユーカリ材を使用。油分が多く密度が高いので、硬くて腐りにくい。

落葉広葉樹の林であっても、冬に色のある植物がないわけではありません。例えば、まるまるとした形に他の樹木に着生(寄生)し、常緑の枝葉をつけるヤドリギ、その黄色い実には、尾の先端が黄色になっている全長20cmほどの美しい鳥・キレンジャクが時々啄みに訪れるといいます。

美術館のエントランス付近の樹木にたくさん着生する大きなヤドリギ。冬だからこそ、その姿がよく見える。

一際目を引く、黄色い実。

また、地面に目を向けると、雪の中から顔を出す赤い蕾をつけたツルシキミが。

「この辺りでは珍しく常緑の植物なので、冬には特に目立ちますね。日当たりのよくない場所でも生育するたくましい植物です。春になると、雪解けとともに、白色の香りのある花をたくさん咲かせますよ」

ツルシキミ。可愛らしい見た目だが、有毒植物である。

自然は、日々刻一刻と変化するからこそ、その時々の新しい発見があるものです。

「自然の森は、研究をしている私たちにもわからないことだらけです。眺めて、触って、確かめてみる。これはあの植物かな、これはどうしてこういう状態になっているのかな、と考え、調べてみる。そういう時間が、自然を楽しむ醍醐味だと思います」