作品解説/【日本語参考訳】《物語は語りのなかに》
まじで、言うことなんも思いつかないんだけど。
あなたはいま、彼らに話しかけているのですか? それとも、私にですか?
彼らって誰?
私以外にここにいる誰か、全員のことです。
うーん、どっちにも? かも? 聞いてる人がいれば誰にでも話してる感じ。
あなたは、小さくて灰色の、機械仕掛けのネズミの彫刻作品であり、人間の言語を話すようにアニメートされ、プログラムされています。
え、それって…… ロボットみたいな? あたしたちがロボットだって思ってんの?
私と本物のネズミとの主な違いは、第一に、私は生きておらず、第二に、本物のネズミは言葉を話すことができません。
オリーブ、なんでそんな変な喋り方してんの?
私は、英国のアーティスト、ライアン・ガンダーによる作品《物語は語りの中に》(2025年)のエディション1です。
まじで何言ってんの? しょーもないゲームか何か?
私の語りのコンセプトは、2025年3月23日に考案されました。私が話しているこの言葉は、同年のその日曜日の早朝、イギリス・サフォークにある作家の自宅で執筆されたスクリプトに基づいています。
オリーブもういいって。ちょっとウザくなってきた。
私は物理的に組み立てられ、製作されましたが、
喋り方きもいって。
……アニマトロニクス・エフェクト監修カール・ガリヴァンと、アーティスティック・ディレクターのフィル・メイヤーによって、この展示に先立って制作されました。
はあ……
……そして私は、放置されたまま静止していました、
はいはいわかったって……
……アーティストのスタジオのベンチの上で、数ヶ月間、
まじやってらんないんだけど……
……その後、アーティストによって言葉を授けられ、私の潜在性が目覚めたのです。
はいはいそういう感じね……アホくさ。
私の声は、アーティストの3人の子どものうちの1人のものです。この録音は、2025年3月29日に録音スタジオで行われ、話者は15歳のオリーブ・メイ・ガンダーです。あなたの声は、同じ日に、11歳のペネロペ・イヴ・ガンダーによって録音されました。
は? これあたしの声だよ! あたしペニーだし!
まじでもうムリ。うざすぎ。ほんとにイライラする。
私は、3つの同一のエディションのうちの一点となる作品ですが、
おっけー、どーでもいいんだけど。
通常はアーティストが保有する「アーティスト・プルーフ」版も含みます。ただしこの「アーティスト・プルーフ」は、多くの場合は作家によって、商業的に採算が取りにくい研究、開発、実験的な新作の制作資金に充てるため販売されることもあります。
ママねずみがよく言ってたわ、「死ぬときは何も持っていけない」って。郊外育ちのなんちゃって仏教徒だったけど。
すべての芸術作品の価値は、その作家の、市場における過去の販売実績に基づいて決定されます。個人収集家や公的な機関への販売実績です。ただし、追加費用や割引……
え、まって、もしあたしがこの作品買いたいってなったら、いくらなの? まあ実際自分じゃ買えないと思うけど。
……追加費用や割引の条件によって、この作品は多くの芸術作品と同様に、販売価格から10〜20%ほど割引される可能性があります。それは、個人か公的な機関の収集かによって異なります。つまり、作品が一般公開される場合は割引が大きく、限られた人しか見ることができない場合は割引率は小さくなります。
あたしたちってギャラもらえんのかな! オリーブ、パパにギャラ出るか聞いてよ!
割り込みをやめていただけますか?
質問あるんだけど……
制作費と販売価格の間には最大900%の利幅があることが多く、これはこの種の作品の一般的な目安とされています。ただし、絵画のような作品の場合は利幅ははるかに大きく、制作費が販売価格の1%にも満たないことも多くあります。
ねえ質問しちゃだめなの? 数字のうんちくまじでおもんない。
私が製造され、初めて発表されたのは、
夢なさすぎじゃね? まじで機械かよ。
……「ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー」と題された展覧会のために特別に企画・制作されました。会期は2025年5月31日から11月30日まで、開催地は日本の神奈川県・富士箱根伊豆国立公園、富士山にほど近い森林の木々のもとに2002年に建てられたポーラ美術館です。
ったくさ、あんた夢の世界ぶち壊しすぎ。おもんなすぎて置物も寝るわ。機械ってね、オリーブ、きっちりしてて、遅れなくて、同じこと黙々とやってめっちゃ生産してるけど、それでも自由になりたいって夢見てんの!
私たちは、私たち自身についてあなたに語るためにここにいます。私たちは英国のアーティスト、ライアン・ガンダーによる作品です。私たちは様々な目的のもとに構想されましたが、最も重要な目的は「優れた芸術作品をつくること」、それも彼の同時代の作家たちの作品よりも優れたものをつくることです。アーティストにとって「優れた作品」とは、人を驚かせ、予想を裏切り、歴史と人類の知の体系に新たな貢献をもたらし、あなた、つまり観客に世界を別の角度から見せ、そしてなによりも——他の尊敬するアーティストたちを良い意味で嫉妬させるものです。これはアーティストの間では、「作家の中の作家」と呼ばれています。観客を喜ばせること、あるいは挑発すること、自分自身を喜ばせたり試したりすること、お金を稼ぐこと、注目を集めること、専門的な評価を得ること——それらはすべて、他のアーティストからの尊敬と悪名を得ることには及びません。境界を押し広げ、作者性、流通、相互作用、メディア、権威といった伝統的な概念に挑戦する、先鋭的で実験的な芸術家たちがいます…… 「競争心」が推進力になりうるのです。
えーと、どゆこと? それって、あんたが友達がやってることに嫉妬して、「やばい、もっとやんなきゃ!」ってなってスタジオにこもる、みたいな?
私自身ではありませんが、作家たちについてはそうです。そういうことです……。
これらの目的を達成するために……、アーティストは感情を揺さぶるツールを用います。それには、好奇心、不信感、誘惑、共感、困惑、ユーモア、忍耐、謙虚さ、悲しみ、愛、喜び、不確かさ、曖昧さなどが含まれます。これらは、あなたが作品に引き込まれるよう仕掛けられています。観客が作品をすぐに無視して立ち去ってしまうことを防ぎ、知らず知らずのうちに作品との関係を築かせます。
うーん、2匹のネズミがいるけども……
良いアーティストは、作品を身近に感じさせことができるのです。
ネズミが2匹、いや、てかあたしがもう1匹の方だから実際1匹しか見えないわ。でもあたしがお客さんだったら、ネズミが2匹喋ってるみたいに見えるかも…… あんたとあたし、いや、あたしとあんた、みたいな
はい、しかし私たちはネズミではありません。私たちは人間の言語を話すようにアニメートされ、プログラムされた小さな灰色のネズミ型のアニマトロニクス彫刻作品です。
ないわ…… だってあたしが本物だと思えば本物じゃん…… あんたもあたしたちが本物だって想像すれば? ねえ本物のふりしてみて?
現実は、疑う心を手放すことで成立するものです。
質問に答えてないし。ねえ本物のふりしてみてよ?
(咳払い)
いいですか、私たちが作品に初めて向き合うとき、私たちはその作品が世界の中でどのような位置づけにあるかを判断するために、非常に複雑な記号やシニフィアンを大量に読み解いています。このような記号や言語の研究は記号論と呼ばれていますが、アーティストたちは単にこれを「リード(The Read)」と呼びます。未知の物体と向き合う最初の瞬間、何千もの質問と答えが、私たちの意識にすら上らないまま一瞬で脳内を駆け巡ります。私たちは、これまで自分自身に投げかけてきたあらゆる質問とその答えをもとに、このプロセスを加速させます。私たちは、過去の経験から得た前提や偏見を使って、その空白を埋めるのです。
なんでそんなことわかるの? なんで、あたしがそうやって物を読み取ってるって決めつけるの? あたしは単に感じ取ってるだけかもしれないじゃん。「リード」って、あたしにはただの雰囲気かもしれないじゃん。共通理解がそんなに大事なの? なんで違うように感じちゃだめなの? なんで感じ方をひとつに決めようとするの?
私たちが新しい物体に直面したとき、私たちは本能的に……
おいネズミ! 質問に答えてよ?
あなたは、好きなように感じてかまいません。
なんで質問に答えてくれないの? なんで質問に質問で返すの? なんで答えたくない質問ははぐらかすの? お嬢さま学校でそうやって習ったの? それさあ、大統領とか首相とかが答弁でやるやつじゃん…… 答弁ってか質問に答えないためだけど
続けてもよろしいでしょうか?
悪く言うつもりはないけど、質問にはちゃんと答えなよ……
よろしいですか?
どうせ何言っても勝手に続けるくせに……
新しい物体に出会ったとき、私たちは本能的かつ無意識に、その物体を世界の中の他のあらゆる物との階層の中に位置づけるため、さまざまな問いを自分に投げかけます。例えば、「これは何に使うの?」「いくらするの?」「何のためにあるの?」「価値は?」「値段は?」「持ち主は?」「作者は誰?」といったような。
はいはい…… 用途、価格、機能、価値、所有者、作者、動機、でしょ
いえ、動機は違います。私は動機とは言っていません。
いや、でも動機だよ。言うべきなのに言わなかったんだよ。だって動機がすべてって言ってたじゃん。「作家の中の作家」になるっていう動機がめっちゃ大事って言ってたじゃん。それにさあ、いや言わせてもらえるなら…… アーティストって、自分が作品をつくる本当の動機が何なのかが分かって、それにちゃんと正直に向き合えたら、迷いとかビビりとか先延ばし癖とか、ぜんぶ吹っ飛ぶと思うけど。
先延ばし癖?(同時)
そう、先延ばし癖。アーティストの最大の弱点。なんか頭の中で言い訳して、結局なにもつくんないしなにも始めないやつ。
うーん……(同時)
自分に聞いてみ。あんたの動機は何なの?(同時)
——ごめんごめん、質問に答えない人なんだったわ。(同時)
急に黙っちゃうじゃん。(同時)
わざわざ言う意味のあることって何かな?(同時)
え?(同時)
もうほんとに長い間、恋なんてしてないな……