浴後

作家名
国吉康雄
制作年
1938年(昭和13)
技法・素材
油彩/カンヴァス
サイズ
41.3 x 31.1 cm

国吉康雄 《浴後》 1938年(昭和13)

作品解説

岡山市に生まれた国吉康雄は、1906年(明治39)、17歳のとき単身アメリカに渡った。さまざまな職につきながら画家への夢を温め、1916年(大正5)にニューヨークのアート・ステューデンツ・リーグに入学した。その後、学友のキャサリン・シュミットと結婚し、パトロンの援助を得て、夏はメイン州のオグンクイットの芸術家村で、夏以外はニューヨークのアパートで生活するようになる。この頃は、さまざまなモティーフをアトリエで自由自在に組み合わせるという描き方が主であり、子どもや動物などの愛らしい姿を、郷愁をさそう風景に散りばめた作品が多かった。だが1925年(大正14)と1928年(昭和3)の2度にわたりヨーロッパへ旅行し、パリでジュール・パスキンと交流をもったことで画風が大きく変貌する。想像力による構成ではなく、対象を前にして描くようになるのである。国吉はパスキンが描いたパリの憂愁をなぞるように、憂いを帯びた都会の女性を多く描くようになり、独自の絵画世界を作り上げていった。
 シュミットと離婚した後、1935年(昭和10)にサラ・マゾと再婚した国吉は、夏はウッドストックに構えたアトリエで、秋から春はニューヨーク市内にもつアトリエで制作に励んだ。本作品に描かれた女性は、《鏡》(1933年)のモデルと同じく、サラ夫人とされている。サラ夫人の回想によれば、本作品《浴後》は、国吉からプレゼントされたものであり、それ以後サラ夫人の所蔵として多くの展覧会に出品されている。肩越しにこちらを向く後ろ姿の女性の、流れるような髪、丸みをおびたやわらかな体つきが、のびのびとした筆致で描かれ、日常のふとした瞬間の親密で温かな雰囲気が伝わってくる。

ポーラ美術館の収蔵する国吉康雄のコレクション