白い貝殻 展示中

作家名
古賀春江
制作年
1932年(昭和7)
技法・素材
油彩/カンヴァス
サイズ
162.1 x 130.6 cm

古賀春江 《白い貝殻》 1932年(昭和7)

作品解説

久留米市に生まれた古賀春江(本名:亀雄)は、少年時代に同郷の画家松田諦晶と出会い、画家を志す。1912年(明治45)、周囲の反対を押し切って上京した古賀は、本格的に絵画の勉強をはじめ、1922年(大正11)には新傾向の洋画をめざしていた神原泰、中川紀元らと芸術家集団「アクション」を結成した。その後、パウル・クレーに影響を受けた童画風のやわらかな描写や、キュビスムの傾向を示していたが、大正末期から昭和初期にかけてシュルレアリスム(超現実主義)への関心を強めていく。 この《白い貝殻》では、マネキン人形のような顔のない女性が空中を浮遊し、まわりには科学への興味をほのめかす幾何学的モティーフ、そして貝などがフォト・モンタージュ風に配されている。女性像はイタリアの画家ジョルジョ・デ・キリコのいわゆる形而上絵画でよく描かれるマネキン人形を連想させる。古賀は詩作にも才能をみせたが、モダニズム詩人北園克衛との交流からデ・キリコへの傾倒が強まったといわれている。この女性像の風になびく髪や衣の表現は、イタリア・ルネサンスの巨匠ボッティチェリの《ヴィーナス誕生》(ウフィッツィ美術館)を思わせる。この顔のない女性は空想科学小説に出てくるロボットのように、冷たく無機質な物体ではあるが、別の見方をすれば、科学の時代を象徴する新しい女神といえるかもしれない。さらに、画面左下に小さく描かれ、タイトルにもなっている貝殻は、イヴ・タンギーなどシュルレアリストが好み、古賀もしばしば描いたモティーフである。「白い貝殻」という作品名は、おそらくこの真っ白な肌をした女性と貝のイメージの融合であり、思わせぶりな雰囲気をいっそう高めている。また、このように画面に寄せ集められたイメージの源泉には、当時さかんに発刊されたグラビア雑誌の挿図や写真があるとも考えられている。

ポーラ美術館の収蔵する古賀春江のコレクション