トンゲレンの娘たち

展示中
会場:展示室1
  • 作家名 ポール・デルヴォー
  • 制作年 1962年
  • 技法・素材 油彩/カンヴァス
  • サイズ 161.0 x 251.7 cm
ブリュッセルで裕福な家庭に育ったデルヴォーは、美術学校で建築を専攻するが、22歳の頃から絵画制作をはじめる。ブリュッセルで開催されたシュルレアリスムの展覧会で、ジョルジョ・デ・キリコの作品に感化され、無意識の世界を探索するようになる。また、幻想の画家ジェームス・アンソールと、デルヴォー自身と同世代のルネ・マグリットにも影響を受ける。 題名にある「トングル」とは、古代ローマ時代より栄えたベルギーの歴史的な町の名前であり、デルヴォーの想像力をかきたてる地名であったのだろう。デルヴォーは、少年時代の郷愁と結びついた汽車が煙を上げ、街灯が点々とともり、鬱蒼とした森のある広場がひろがる架空の都市を作り上げている。遠近法が強調された空間のなかで、不思議な光が大きな目をもつ女性の滑らかな裸体を薄暗がりに白く浮かび上がらせる一方で、どこからともなく差し込む強い光が、地面にくっきりと黒い影を切り取っている。 デルヴォーは1932年に、ブリュッセルの見本市で、「スピッツナー博物館」という衛生に関する展示会場を訪ね、病気の症例を説明する模型や人体標本の展示と、ランプが灯る受付に座っていた女性の姿に衝撃を受けた。画家がそこで目にした女性は、遠い過去から画面右奥に裸体で出現し、辺りをさまよう人物たちとは無関係に静かに座っている。 デルヴォーのこの絵画空間に、フロックコートを着て往来する闖入者は、画家が愛読したジュール・ヴェルヌの冒険小説『エクトール・セルヴァダック』(1877年)に登場するロゼット教授である。教授は主人公のセルヴァダック大尉らとともに、地球から分離して生まれた彗星に乗って宇宙を旅する天文学者である。ここで教授は思索の歩を休めて、前景で抱擁するふたりの美神を観察している。デルヴォーは、理性を表わす男性ロゼット教授と、愛を表象する女性を対置して空間に緊張感をもたらし、永遠に解き明かされることのない神秘の物語をつむぎだしている。