ヴァランティーヌ・テシエの肖像

作家名
マリー・ローランサン
制作年
1933年
技法・素材
油彩/カンヴァス
サイズ
80.9 x 64.9 cm

マリー・ローランサン 《ヴァランティーヌ・テシエの肖像》 1933年

作品解説

ローランサンは、画塾アカデミー・アンベールでブラックと出会い、ピカソをはじめとする「バトー=ラヴォワール」(洗濯船)に住む画家たちと親交を結んだ。1907年、ピカソの紹介によりキュビスムの理論家だった詩人ギョーム・アポリネールと知り合い、恋愛関係となる。この頃、ローランサンはキュビスムの影響を受けた平面的な色面構成や先史美術とのかかわりをうかがわせる作品を制作し、キュビストの展覧会に参加している。1912年にアポリネールと別れ、1914年にドイツ人のヴェッチェン男爵と結婚し、第一次大戦勃発時には戦禍を逃れてスペイン、ドイツで生活を送った。しかし夫のアルコール依存症が原因で離婚した後、1921年にパリに戻り、淡い色彩とやわらかいタッチによる甘美な情緒を湛えた幻想的な画風を確立し、夢見るような表情の少女たちを描き続けた。また、彼女は肖像画家としても成功し、パリの社交界の人々を描いた肖像画も数多く手がけている。
 本作品は、女優ヴァランティーヌ・テシエ(1892-1981)の全身像を描いた肖像画である。彼女は気品のある薄紫色のドレスと、ローランサンの後期の作品によく見受けられる真珠のアクセサリーを身に着け、舞台上で演技をしているかのような優美なポーズで描かれている。テシエは、1920年代には有名な舞台女優となり、数々の舞台やジャン・ルノワール監督の「ボヴァリー夫人」(1934年)などの映画に出演した。1960年以来、歿するまで住み続けたポワティエ近郊リグジェには1999年6月25日、彼女の名を冠した通りが開通した。
 晩年は愛人シュザンヌ・モローとひっそりと暮らしていたローランサンだが、遺言によりアポリネールからの手紙を胸に彼と同じ墓地に葬られた。