01 展覧会について
春、生命が再生する時間。テクノロジーが社会を覆い尽くす現代において、私たちは身近な自然の驚異や足元に広がる土地の記憶、そして人間の内なる根源的な力を見つめ直し、いっそう鋭敏に感じ取ろうとしています。本展覧会「SPRING(スプリング)わきあがる鼓動」は、アートにおける飛躍する力に光をあて、人間やこの世界の奥底から春の芽吹きのようにわきあがる鼓動を宿し、私たちの感性をゆさぶる絵画、彫刻、工芸、インスタレーション作品を紹介します。
ポーラ美術館は、古くから人々の心身を癒し、感性を研ぎ澄ます場として旅人を惹きつけてきた箱根にあります。本展覧会では、この地に培われた風土と記憶を出発点に、過去と未来、ここから彼方へとつながる想像の旅へ皆様を誘います。静かに、あるいは力強くわきあがる作品の響きと共鳴し、時空を超えて豊かに躍動する創造の鼓動をご体感ください。
02 みどころ
ポーラ美術館の開館以来はじめて「箱根」という土地そのものに焦点を当て、箱根町立郷土資料館が収蔵する貴重な浮世絵コレクションや町指定重要文化財の絵画を皮切りに、箱根をはじめとした東海道の風景から触発された表現を、江戸時代から現代に至るまで横断的に紹介します。古来より旅人を惹きつけ続け、アーティストの創造力を呼び覚ます箱根の魅力に迫ります。
大巻伸嗣による、箱根の自然と共鳴するスケールの大きなインスタレーションや、世界的に活躍する現代美術家・杉本博司そして陶芸家・小川待子による新作など、大地の奥深さや自然の営み、そこに脈打つ生命の在りようを探り出し、それらとの対話を通じて表現された作品を展示します。絵画、彫刻、工芸、インスタレーション作品など約120点の作品を通じて、多様な表現と創造を紹介します。
ポーラ美術館の西洋近代絵画コレクションより、絵画の表現に飛躍をもたらした画家たちの作品を紹介します。光と色彩の揺らぎに対峙したモネやゴッホ、ゴーガン、色彩の科学と向き合ったスーラやシニャックをはじめ、当館が誇るアンリ・ルソーのコレクションなど、未知の土地への旅や内なる旅により生み出された作品群を展示します。
03 展覧会構成
約50万年前に火山活動が始まり、3000年ほど前に現在の姿となった箱根。火山地形の博物館とも呼ばれるこの土地には、国内で有数の多様性豊かな自然が広がっています。この自然の中にたたずむポーラ美術館は、「箱根の自然と美術の共生」をコンセプトに、これまで数々の展覧会を開催してきました。本展覧会のプロローグでは、豊かな景観を映し出す森とアートの共演をご覧いただきます。大巻伸嗣による布と空気の流れを用いたインスタレーションは、上昇と下降、膨張と収縮によって絶えず形を変えながら、大地を動かすような巨大なエネルギーを想起させます。鑑賞者はその動きに呼応しつつ、作品と一体となる感覚を味わうことでしょう。
大巻伸嗣《Liminal Air Space-Time》 2015年、展示風景:「シンプルなかたち展:美はどこからくるのか」森美術館 ©️Shinji Ohmaki Studio
険しい山々と富士山を望む芦ノ湖周辺は、修験道の場として人々の信仰を集め、やがて街道の要衝として宿場が整い、湯治(とうじ)や旅の文化が発展しました。歌川広重の「箱根越え」の浮世絵には、夜明け前に小田原を発ち、提灯やたいまつの灯火を頼りに急坂を進む旅の過酷さと緊張感が刻まれています。19世紀後半には外国の旅行者も訪れ、箱根は国際的リゾートのさきがけとなります。日本の絵師だけでなく、海外から箱根を訪れた旅する画家たちは、高揚感とともに箱根を絵画化し、だれもが憧れる景勝地のイメージを形成していきました。とりわけ富士山の風景は、浮世絵や水彩、油彩画、写真など、さまざまなジャンルにおいて取り組まれており、アーティストたちが日本の美のシンボルに挑んだ多様な成果をパノラミックに紹介します。
歌川広重《五十三次名所図会 十一 はこね山中夜行の図》1855年(安政2)、箱根町立郷土資料館[展示期間:2026年3月6日‒5月31日]
コンスタンス・フレデリカ・ゴードン=カミング《富士山と箱根湖》1879年(明治12)、個人蔵[展示期間:2026年3月6日‒5月31日]
杉本博司《富士図屏風、大観山》2024年 ©Hiroshi Sugimoto/Courtesy of Gallery Koyanagi
古来より神話や民話の舞台となってきた箱根は、現代のアーティストにとっても尽きることのない創造の泉であり続けています。イケムラレイコは、歌川広重《東海道五十三次》との対話を経て、不可思議な生き物や精霊たちが生息する、幻想的な山あいの湖畔を描き、時空を超えた物語の詩的な情景を提示しています。丸山直文は、豊かな水脈を地中に抱く、箱根の仙石原を取材し、萌え出る光と色彩に満ちた瑞々しい風景を描出しています。両者の絵画は、土地に宿る物語と自然のリズムを織り込みながら、鑑賞者を憩いや漂泊へと誘います。
イケムラレイコ《始原I》2014‒2017年、ポーラ美術館 ©Leiko Ikemura
丸山直文《水を蹴る・仙石原(あたりに)》2022-2023年、作家蔵 ©Naofumi Maruyama, Courtesy of ShugoArts, Photo by Shigeo Muto
陶芸家の小川待子は、鉱物の美しさに魅了され、土やガラスが熱や重力、そして長きにわたる時間の作用を受けて変容していくプロセスを、うつわや結晶体としての立体作品に留めています。画家のパット・ステアは、絵具をカンヴァスに滴らせ、その流れを重力に委ねることで、偶然から生まれる律動や形象を追い求めています。両者に共通するのは、悠久の時の深淵から美を呼び覚まそうとする姿勢であり、土やガラス、あるいは絵具の顔料という素材が、人の手わざや地・水・火・風の作用を受けて変容を重ね、地上の秩序を超えた美しさを出現させる試みです。
小川待子《結晶と記憶:五つの山》2020年、思文閣(参考作品)
パット・ステア《ウォーターフォール・オブ・エインシェント・ゴースツ》1990年、個人蔵 ©Pat Steir
《エコー》(2003年)は、アルプスの雄大な山岳風景を舞台に、チェロ奏者でもあるアーティスト自身が奏でる音が岩肌に反響し、空間全体へと不規則に広がっていく様を記録した映像作品です。その音の反響は複雑に交差し、やがては堅固な山々そのものが音を発しているかのような感覚をもたらします。峻厳な自然と対峙する小さなアーティストの姿は、人間が崇高さを享受しようとする象徴として立ち現れます。そして鑑賞者は、響き合う音と映像を通じて、自然と人間、過去から未来への時間との壮大な対話へと導かれます。
ツェ・スーメイ《エコー》2003年、金沢21世紀美術館 ©su-mei tse
本章では、ポーラ美術館の絵画コレクションを中心に、ヨーロッパが19世紀後半から現代まで続く崩壊と再生の時代において、新たな飛躍を生んだ画家たちの創造の旅を辿ります。印象派のモネやゴッホ、ゴーガンは、光と色彩の揺らぎに対峙し、刹那の儚さと永遠への希求を絵画に託しました。スーラやシニャックは色彩の科学と出あい、水辺の光景を点描で再構築し、未来のデジタル技術を予見する律動を発見します。ルソーやルドンが描いた、意識の深層から湧き出る幻想的なヴィジョンは、果てしない世界の暗示として現れます。第二次世界大戦後のドイツを代表するアーティストのアンゼルム・キーファーは、死と再生のテーマを大地と歴史の記憶に重ねて描き出し、揺るぎなき精神の道行きを提示しています。これらの作品が宿す画家たちの鼓動は、観る者と共鳴し、彼方への旅へと誘うでしょう。
ポール・ゴーガン《小屋の前の犬、タヒチ》1892年、ポーラ美術館
アンリ・ルソー《エデンの園のエヴァ》1906‒1910年頃、ポーラ美術館
アンゼルム・キーファー《ライン川》2023年、個人蔵 Photo by Nina Slavcheva ©Anselm Kiefer
生命と宇宙、感性と科学技術の関係をテーマに、様々な素材の物性を活かしながら、多彩なイメージを生成する名和晃平。デジタル画像の「Pixel(画素)」と、生物の最小構成単位「Cell(細胞)」をかけ合わせた独自の概念「PixCell」を具現化した彼の彫刻は、自然の表象としての動物の剥製を、最先端の接着技術を用いて人工クリスタルボールで覆い、両者の境界を曖昧にすることで、新たな視覚体験を生み出します。視点によって異なる距離感は、鑑賞者と作品との間に生まれる関係性や、作品が持つ意味合いを再考させることになります。2体の「PixCell-Deer」を対峙させ、不可視を可視化した空間が展覧会のエピローグを飾ります。
名和晃平《PixCell-Deer#74》2024 年、ポーラ美術館 ©Kohei Nawa, Photo by Nobutada OMOTE, Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE
04 関連プログラム
決まり次第、改めてお知らせいたします。
05 展覧会概要
SPRING わきあがる鼓動
- 会期
2025年12月13日(土)~2026年5月31日(日)会期中無休
- 会場
ポーラ美術館 展示室1、2、3
- 主催
公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館
- 後援
箱根町、箱根町教育委員会
- 企画
今井敬子(ポーラ美術館学芸部課長)・内呂博之(ポーラ美術館主任学芸員)