岡田三郎助

2018/11/07

岡田三郎助とは? ー プロフィール

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佐賀県出身の画家。幼少の頃に同郷の画家、百武兼行の油彩画を見て洋画家を志し、1894年からフランスより帰国した黒田清輝と久米桂一郎の天心道場で学びました。
1896年白馬会結成に参加すると共に、東京美術学校助教授に任命されます。フランス留学から帰国後は甘美で気高い女性像を数多く描き、「美人画の岡田」と称されました。
1916年からは女子美術学校(現在の女子美術大学)で指導にあたり、個性画家の育成に尽力しつつ、工芸への造詣が深く古代裂の収集家でもありました。

1937年第一回文化勲章受賞。妻は劇作家小山内薫の妹で、作家の八千代。

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新時代の女性の生き方を支えた岡田三郎助

岡田は百貨店や婦人雑誌の仕事に携わる一方、1916年(大正5)から女子美術学校で教鞭を執るなど、女性の洋画教育にも熱心に取り組みました。大正末頃には自宅アトリエに女子洋画研究所を設け、絵画の道を志す若い女性たちを数多く受け入れます。時代の移り変わりとともに徐々に変化していく女性の生き方と社会進出を後押しするように、岡田は女性たちの歩みをしっかりとサポートしていたのです。また、岡田は1923年と25年に、雑誌『主婦の友』の表紙原画を描きました。モダンな和装や洋装で絵のモデルを務めたのは、みな岡田の愛弟子たち。先進的な生き方を模索する彼女たちの姿は、岡田の画業にも影響を与えていたといえるでしょう。