ポーラ美術館企画展

モディリアーニを探して-アヴァンギャルドから古典主義へ

会期:2014年4月12日(土)―9月15日(月・祝)

開催概要

趣旨

短くも様々な逸話に彩られた人生とともに、その独自の芸術によって、今日もなお見る者の心に鮮烈な印象を残す、イタリア・リヴォルノ生まれの画家にして彫刻家、アメデオ・モディリアーニ(1884-1920)。長くいわゆるエコール・ド・パリの代表格として芸術上の位置づけを受ける傾向が強かったといえますが、今世紀に入って以降、モディリアーニ芸術そのものを再検証する気運が高まっています。この「モディリアーニを探して」展もまた同様の意識にたつものですが、とかく孤高の存在として語られがちなこの作家の残した芸術を、同時代の芸術的な環境に照らしてとらえ直し、その意義を再考することを第一に企図しています。

モディリアーニの同時代からの影響関係としては、1910年頃に顕在化するアフリカ彫刻やブランクーシをめぐるプリミティヴィスムへの意識が突出して論じられてきたといえますが、本展では、それに先立ってこの作家がパリに出てきた1906年からの数年に顕著なセザンヌやトゥールーズ=ロートレックからの影響に始まり、第一次世界大戦末期にあたる1918年の南仏滞在を機に本格化したと考えられる古典への回帰傾向の紹介にも重きを置いています。「1906-1910 パリ・モンマルトル、デルタ通り」、「1911-1915 パリ・モンパルナス、シテ・ファルギエール」、「1915-1918 パリ・モンパルナス、カフェ・ラ・ロトンド」、「1918-1920 ニース~パリ」という計4つのセクションにわたってモディリアーニ芸術を検討することは、長きにわたる伝説の典型たる「呪われた画家」という語られ方を超えて、よりリアルな作家像、いわば「生けるモディリアーニ」を同時代との関わりのうちに探りあて、浮かび上がらせる試みにほかなりません。

芸術・美学上の価値観がめまぐるしく変化する20世紀初頭の約15年間にわたり、モディリアーニはいかなる対象に注意を向け、そして何を変わらず見据え続けていたのか。初期から南仏滞在時にいたるまでのモディリアーニ作品とならび、影響関係や交流のあった同時代の作家の作品をあわせて、モディリアーニ芸術の発展の足跡を検証いたします。

アメデオ・モディリアーニ 《ルニア・チェホフスカの肖像》 1917年

アメデオ・モディリアーニ 《ルニア・チェホフスカの肖像》 1917年

アメデオ・モディリアーニ《髪をほどいた横たわる裸婦》1917年 大阪新美術館建設準備室蔵

アメデオ・モディリアーニ 《髪をほどいた横たわる裸婦》 1917年
大阪新美術館建設準備室蔵

アメデオ・モディリアーニ 《婦人像(C.D.夫人)》 1916年頃

アメデオ・モディリアーニ
《婦人像(C.D.夫人)》 1916年頃

アメデオ・モディリアーニ 《ルネ》 1917年

アメデオ・モディリアーニ 《ルネ》 1917年