モダン美人誕生
岡田三郎助

2018/11/07

第2章 モダン美人誕生 ― 岡田三郎助による「美人イメージ」創出

近代の新しい女性像は、日本画、洋画を問わず多くの画家によって描かれましたが、なかでも洋画家の岡田三郎助は、この時代の「美人イメージ」創出に大きな役割を果たしました。岡田は日本初の美人写真コンテストの審査員を務め、その宣伝のための作品も手掛けています。そこに描かれた大きくてうるんだ瞳とふっくらした唇が特徴の顔立ちは、婦人雑誌の表紙などを通じて広がっていきます。こうした「岡田調の美人」は、現代の私たちの感覚に通じるものがあります。

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こちらの2作品に描かれた女性は、同じポーズで頬杖をついています。
左の《ダイヤモンドの女》は、日本で最初の美人写真コンテストの告知宣伝のために描かれた作品。西洋の宝飾品であるダイヤモンドの指輪をはめています。この指輪は、美人コンテンストの賞品でした。
一方、右の《少女像》はルビーの指輪をはめています。こちらは、地方予選の一等の賞品でした。

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そのコンテストで優勝した少女の、卵型のきれいな輪郭と大きな瞳は、絵に描かれた女性に不思議とよく似ています。

江戸から近代へ ―「美人イメージ」の劇的変化

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江戸時代、美人のブロマイドとしても流通した浮世絵では、女性の顔は吊り上がった細い目とかぎ鼻、おちょぼ口という類型的なパーツで描かれていました。

明治に入り、岡田や黒田清輝といったヨーロッパで学んだ画家たちは、油彩画の技術を学ぶと同時に、女性像の新たな表現方法を獲得していきます。彼らの描く女性たちは、日本人にしてははっきりとした顔立ちをしていることがわかります。

もちろん、当時の女性たちがみなこうした顔立ちだったわけではありませんが、明治の洋画家たちが新しい時代の日本の女性像を生み出し、従来にはない「美人イメージ」を創り上げていったのです。