ルソー、フジタ、写真家アジェのパリ―境界線への視線 Artists on the edges of Paris: Le Douanier Rousseau, Foujita, and Atget 2016年 9月10日(土曜日)〜2017年3月3日(金曜日)

フジタ

2016/08/25

レオナール・フジタとパリ

レオナール・フジタは、東京美術学校で西洋画を学んだ後、1913年にパリに渡りました。エコール・ド・パリの画家として乳白色の美しい画肌の人物像で人気を博す前、陰鬱なパリ郊外の風景画を多く描きました。
フジタが描いた郊外は、パリ市の周縁部にあたります。パリ市を囲む城壁があり、移民や貧困者がバラックを建てて不法に居住していた場所でした。

初めてパリに渡った頃のフジタ

rfa_04_03

この《巴里城門》は、渡仏した頃のフジタが、パリ郊外を描いた初期の一点です。本作はフジタがいったん画商に売却した後に、旅先で買い戻し、「快心の作。デングリ返しを打ちて喜びたる」と裏に書いた、記念碑的な作品でもあります。

戦後にパリに戻った頃のフジタ

rfa_10_02

戦後フジタは再びパリに戻ります。そして1955年にフランスに帰化したフジタは、1910年代と同じようにパリ郊外の風景に目を向けます。パリの下町で働くしがない職人たちや貧しくも自由に暮らす人たちを、愛着を込めてパリの子供たちの姿と共に描きました。