ルソー、フジタ、写真家アジェのパリ―境界線への視線 Artists on the edges of Paris: Le Douanier Rousseau, Foujita, and Atget 2016年 9月10日(土曜日)〜2017年3月3日(金曜日)

アジェ

2016/08/25

アジェはなぜ「写真家のルソー」と呼ばれるのか

アジェの写真は、最晩年の1927年前後から、シュルレアリスムの若い前衛芸術家たちの強い関心を惹きつけ、アンリ・ルソーとともにシュルレアリスムの先駆者に数えられ、「写真家の税関吏ルソー」と呼ばれました。

歴史的な記録に徹し、貴族の館から下層社会の人々の生活まで、等しくカメラで撮影したアジェは、率直で素朴な目で現実を捉え、現実を超えた世界を引き出した芸術家とみなされたのです。芸術的な写真の表現を追究するのではなく、あくまで記録として写真を撮り続けていたアジェにとって、これは予期せぬ事態でした。

この事態のきっかけは、アジェとマン・レイの偶然の出逢いでした。アジェと同じくカンパーニュ=プルミエール通りに居を構えていたマン・レイは、その写真の魅力を見抜いて機関紙『シュルレアリスム革命』に掲載し、前衛芸術家の仲間たちへ写真を広めたのです。
この後、第二次世界大戦後にかけて、マン・レイのアシスタントを務めていたベレニス・アボットの功績により、アジェの歿後もアジェの写真の原板とプリントは散逸から免れ、「近代写真の父」と称されるまでに評価が高まりました。