水差しと髑髏(表)/水差しと果物(裏)

  • 作家名 ジョルジュ・ブラック
  • 制作年 1941年
  • 技法・素材 油彩/カンヴァス
  • サイズ 表: 39.3 x 59.2 cm (画寸)、裏: 59.2 x 39.1 cm (画寸)
戦争の足音が聞こえ始めた1936年頃から、ブラックの色彩はあざやかな色彩から暗い色彩へと次第に移行し、1938年からは髑髏をモティーフとした作品に取り組んでいる。  髑髏は西洋絵画の伝統において「ヴァニタス」(はかなさ)の象徴として知られ、死ぬべき運命を思い起こさせる「メメント・モリ」(死を忘れるな)のモティーフとして描かれる。ピカソも1943年から1946年にかけて、本作品と同様に水差しと髑髏を組み合わせて連作を制作しているが、それは友人フリオ・ゴンザレスの死をきっかけとしたものだった。ブラックが制作した本作品の髑髏は、赤、黄、緑の線が引かれ、厳粛な死の象徴とはかけ離れている。ブラック自身、後年、髑髏を描いたのは「髑髏の形態とマティエールへの興味からで死を象徴的に暗示しようとしたわけではない」と語り、「ヴァニタス」のほかに、アトリエを描いた作品のなかでパレットや絵具などとともに髑髏を描いている。彼にとっての髑髏は、形態や色彩を探求するモティーフであって、死の象徴ではなかった。  本作品の裏面には静物画が描かれている。雪崩のようにうねった白い布の上にレモンやりんご、葡萄が積み上げられ、一番上に水差しが据えられている。モティーフが左側に密集した不安定な構図と、全ての光を吸い込んでしまったかのような陰鬱な色彩は、表の作品以上に戦争の不穏な空気を感じさせる。(『ピカソ 5つのテーマ』図録、2006)